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劇場版アイドルマスターの感想とか その3 北沢編

「輝きの向こう側へ!」を観て思ったことをぽちぽちと書き留めました。

その3、北沢編(続いた)。
ミリオンライブのネタバレを多少含みます。



劇場版の北沢の北沢ぶりには、

ガッツポーズしたよね。

同時にすこし不安にもなりました。
え、今ここで北沢をこんなに北沢に描いちゃっていいの?
どうでもいいですが、春香は「春香さん」の感じで、志保は「北沢」です。
個人的に。

前置き。
ミリオンライブ、やってます。北沢Pです。
テキストが豊富なので、ノベマス感覚で楽しんでいます。
北沢志保が好きか嫌いかで言ったら嫌いです。強情で小癪な娘です。でもミリオンスターズ37人(=ミリオンライブの新キャラ)からひとりプロデュースするアイドルを選べと言われたら、迷わず北沢志保を選びます。愛でないけど育てたい。
そんなミリオンライブのプレイヤーとしての視点から行ってみたいと思います。

あ、先にひとつ。
この子は14歳の常人です。
これ大事。

scene6_12.jpg


■北沢志保のプロフィール■

ミリオンライブでの北沢志保の性格は、ほぼ劇場版の通りです。
つけくわえるなら、絵本やぬいぐるみを集めています。
オヤジ好きで50代もいけます。理由はシリアスです。
あと手フェチです。
沼は深いです。

身長は161cm。近いのは千早(162cm)。
わかっていても、スクリーンで観るとぎょっとしました。
こいつ、でかいぞ……!

スリーサイズは83-56-84。近いのは春香(83-56-82)。
なんとなく千早ばりに華奢なイメージをもってしまいがちですが、縮小した貴音、が近いかもしれません。ミリオンライブでもアニメでも、立派なおみ足が描かれています。待ってください、おまわりさん。

これに詰め寄られたら、こわかっただろうなあ、春香さん。

(余談)
ミリオンライブをやっていると、北沢は華奢(ヘタすると小柄)なイメージをもってしまう現象、あると思います。ゲームで台詞だけ追ってると、そんな気がしちゃうんですよね。
幼さ、未熟さを強く感じるからでしょうか。


■北沢志保は誤解されやすい■

北沢志保は誤解を受けやすい子です。
本来的にそういうキャラクター性です。
劇場版では見事にその通りに描かれています。

台詞ではエラそうなことを宣います。でも表情や仕草から、765プロのパフォーマンスに圧倒されていること、つねに不安や焦りに苛まれていることが見てとれます。
合宿で先輩たちのダンスを目の当たりにしたときの顔。ヘイヘイヘイ、ピッチャーびびってるーぅ。レッスン中も余裕のない表情をしています。ダンス、苦手だもんなあ(後述)。空っぽのアリーナに立ったとき、腕をぎゅっと抱いています。あの舞台に立つことに、誰よりもおそれを抱いていたのは北沢志保です。

でもそんなの、北沢に注目してないと見逃しちゃわない?
たぶん見逃さないと思う? 見逃さないんじゃないかな?
ま、ちょっと覚悟はしておけ?

「え、そんなに北沢でいいの?」ポイントです。
誤解を受けやすい北沢志保を、その通りに描いたこと。この映画で、北沢に大注目して観に来る客はそういないでしょうから、もっとわかりやすい北沢にしてくるかと予想していました。

でも観終えてみれば、なるほどこれ以上の描き方は思いつきません。
劇場版では、北沢志保の激しさを台詞で、不安定さを表情・仕草で描いています。追いかけて観れば、わかるようになっています。追いかけないと、わからないようになっています。なんという北沢ぶり。絶妙な匙加減です。
北沢志保、なんてめんどくさいんだ。ご満悦。

さて、表面上は強いけれど本当は弱い北沢志保像が見えてきたでしょうか。

フフフ、果たして本当にそうかな?

ようこそ、沼へ。

(余談1)
美希が志保の不安をハッキリと指摘する場面があります。「どうしてそんなに不安そうなの?」。視聴は一周で十分という人への配慮、かつ二周目へ旅立つ人へのヒントかなーって。

(余談2)
劇場版で北沢志保のキャラクターを崩さずキッチリ描いたのは、今後のロードマップに鑑みて今ここで崩すわけには……という理由もあったりして、なんて邪推、邪推。期待、期待。


■北沢志保はダンスが苦手■

向上心の強さ、意識の高さ、現実とのギャップ。そこから来る焦り。
このあたりを押さえると、沼が見えてきます。

北沢は、非常に(あるいは異常に)向上心の強い子です。
少なくとも、ダンスが苦手なのにバックダンサーに志願し、その中でも「できる子組」に滑り込めるくらいには。

うん、ダンスが苦手なんですよね、この子。
このあたり、劇場版だけを観て読みとるのはツライです。
惜しい!

ミリオンライブでは、苦手意識を何度も漏らしています。たとえば、

「っ! ま、まだ体がついていかないだけでダンスの振付は覚えてますよっ!」
(もっと決定的な台詞もありますが諸事情で秘します)

志保は自身のプロフィールで「特技:記憶力・集中力が高い」と申告しています。実際、芝居の台本などは難なく覚えてきたりします。でもダンスは、頭で分かっていても身体がついていかない。この歯がゆさ、いらだち。

でも劇場版で、そんなこと一言も口に出しません。
ダンスが苦手かどうかなんて関係ない。苦手なものは練習してできるようにしてみせる。それがプロ。だからわざわざ申告しない。アタシ苦手なんで〜、新人なんで〜、と開き直ることが大っ嫌い。ストイックおばけです。そして、同じ厳しさを人にも求めてしまう子です。

「できないなら、できるようになるまでレッスンすればいいじゃない!」

そりゃそうだけどオマエ。と多くの人が思ったであろう、「できない子組」への辛辣な台詞。志保自身も努力でやっと今のレベルまで引き上げているのだということを踏まえないと、高慢に聞こえてカチンとくる言葉です。
志保は、できないことを責めているのではなく、できないのに必要な努力をしていないこと(志保から見れば)を怒っています。志保自身は、自分を「できる子組」と思っていないでしょう。自分だって求められる水準に達していないことを知っています。自身の力不足を誰よりも痛感しています。だから、ものすごく焦っている。不得手を申告しない代わりに、本番までにそれを克服できなければプロ失格だと自分を追い詰めている。その焦りから、きつい言葉が出ます。同じ焦りをもつべき者たちにそれが見られないことで、苛立っています。

そういう自分を理解してもらおうとは考えないんですよねえ、この子。
ただ主張だけをたたきつけちゃうんです。
(これはまた別の話になってしまいますが)

ダンスが苦手なこと、かなりわかりにくいけれど、劇中でも示唆されてはいます。
横山奈緒と佐竹美奈子の二人が、響からダンスの個別指導を受けているシーン。
どうして参加しないんでしょうか? あれだけ向上心を撒き散らしている志保が。

参加できないんです。もう動けないから。そして、響の指導を吸収できるレベルにないから。
ミリオンライブのキャラクターには、おなじみVi・Da・Voの各属性が付与されています。バックダンサーでは奈緒と美奈子だけがDaです。志保はVi。響は、もともとできる子をさらに引き上げる指導をしていたんでしょう。そら志保はついていけない。

……って、わかるか!

どうですか、もっかい北沢を観に行きたくなってきませんか。

(おまけ1)北沢志保はプライドが高いか?
これも劇場版だけではそういう風に見えて、惜しいところです。
私デキル。フフーン。みたいな。
ミリオンライブの北沢を見ると、自分よりちょっとでもすごい人は素直に認める子です。むしろ自己評価が低い。あの人すごい、私まだまだ、この人できる、私まだまだまだ……と「よくなかった探し」で自分を追い詰めます。だから努力で埋めなきゃ、と血を吐きます(吐血はしない)。
志は高く、自己評価は低く、そのギャップからくる焦りと苛立ちを悲しいかな攻撃性に転嫁してしまうのが彼女です。未熟なり、北沢志保。とても14歳してます。
横山と佐竹が響の指導を受けているとき、意地になって自分も突っ込んでいかなかったのは、北沢っぽいなと思いました。もうデキルやつはデキルんだから認めよう、と。もし候補生時代の伊織が同じ状況に置かれたら、突っ込んでいくんじゃないかな。アタシよりデキルやつなんていてたまるか!と根性だけで立ち上がる。で、玉砕する。自己評価が高すぎて現実が追いつかない。オーディションに落ちたら審査員をこきおろしちゃう。「むきーっ! どうしてこの伊織ちゃんが!」。いおりん、そういうとこ大人になったよね。おじさんはちょっとさみしい。

(おまけ2)ひびまこダンス
劇場版では、ひびまこのダンスが一線を画したレベルにあることが、間接的に示されています。こういう描き方、好きです(テレビでもマリオネットの件とか好き)。
合宿初日、律子が美希を呼んでみんなの手本にさせるシーン。どうして真や響を呼ばないのか? 後輩たちの心が折れちゃうからです。あの二人を踊らせて「このレベルで〜」とかやったら即死です。律っちゃん、わかってる。響はその様子をウンウンと見守っています。ひびまこはもう踊れて当然。すでに「できる生徒」ではなく「アシスタントティーチャー」です。
でも響はアレね、横山と佐竹を指導したはいいけど、貴音に「全体のレベルは上がっているけど個々人のレベル差が……」とか言われてるからね。響、レベル差広げちゃってるからね。自分の指導についてこられる子を見つけて、ついうれしくなっちゃって熱心に教えたんだろうけど。お茶目さん。
真は、ダンス全体のディレクター的な立場にいるようです。リーダーの春香さんや伊織(さしづめビジュアルのディレクター?)とともに、演出について議論していました。バックダンサーの投入が発表されたときも、その効果を真っ先に指摘したのは真でしたね。この安心感。次の大きなライブでは、真がリーダーだったりしてね。
そんな、ひびまこ。いいね!


■北沢志保の職業意識■

「別にそういうの関係なくない? プロの人ってもっとドライなのかと思ってた」

志保→可奈の台詞です。志保は、アイドル・キラキラ・憧れ・イェー!というタイプではなく、アイドルを職業ととらえ、自分たちは仕事をしているのだという意識をもっています。デビュー前の候補生でこれ、というのはなかなか珍しいタイプ。

こういう就活生、いますね。いわゆる意識高い系。
罪はないはずですが、感情的にはつい「何を生意気な」と思ってしまいがちです。同期からも煙たがられたりします。粋がっている新人、というのが、劇場版の志保がみせる最初の姿です。しかし、ただの意識高い系でなく、筋金入りのモノホンであったことが終盤でわかります。

そんな志保の目に、リーダー春香の行動はどう映ったでしょうか。

プロジェクトの納期が迫っている。製品はまだまだ修正点だらけ。そこで新人のひとりが逃げた。しかしあいつはやる気もないし捨て置けばいい。どうせ連れ戻しても使い物にならん。多少仕様を変更すれば穴は埋まるだろう。ところがボスはそいつの意志を確かめると言い出した。仕様変更を検討するのはそれからだと。正気か? 納期はどうした。プロじゃないのか!

これを台詞にすると、

「あきらめて辞めていった可奈のことを気にする必要はないはずです!」
「もう時間がないんです。いま進める人間だけでも進まないと、みんなだめになりますよ!」
「話になりません……どうしてあなたがリーダーなんですか」

痛い。痛いよ、胃が。
こうして見ると、志保の気持ちももっともです。ただ、まったくの正論だったかというと、それはそれで疑問です。たとえば、こういう返しも思いつきます。

たしかに時間は少ない。だがゼロじゃない。仕様変更はしないで済むならその方がいい。製品の質を下げるのは最後の手段だ。一週間くれ。それで新人が戻らなければ仕様を変更する。どうだ?

納期vs品質の闇はあまりに深い。戦慄を禁じ得ません。
違う、アイマスの話です。
もし春香さんがデキルおっさんだったら、可奈の意志を確かめに行くにしても期限を切ったのではないかと思います。もしかしたら伊織は、スケジュールから逆算した上で春香にゴーを出したのかも(過大評価でしょうか?)。Pや律子は……まあ、あの場にいなかったからねえ。アイドルたちに背負わせすぎですが、そこはアニマスの業です。
新人の志保には、スケジューリングの経験則がありません。責任感が強ければ強いほどつらい状況です。正直間に合ってないけどがんばった結果を見てください、などという態度は超絶許さんのが北沢です。そりゃ焦る、焦る。修羅場慣れした先輩方ほど、心臓が強くないのです。

そんな北沢の職業意識が見えた一幕でした。

(おまけ)北沢はなぜアイドルに?
ミリオンライブでも明らかにされていません。なんかー、やってみよっかなー、でないことは確かですが。だって見るからに向いてないもん。常に仏頂面だし。本人も自覚しています。ということは、それなりの理由があったはず。
演技・芝居に並々ならぬ情熱を燃やす様子は描かれています。でも、それならなぜ女優でなくアイドル? 苦手なダンスや歌を克服してまで? うーん。現段階では「不明」が模範解答ですかね。
ともあれ、「憧れ」や「好き」だけを抱えて業界に入ってきた子ではありません。だからこそ14歳にしてハッキリとした職業意識を持っています。本当は○○になりたいのにアイドル、という千早タイプとも違うようです。かなりハングリー精神旺盛です。与えられた任務にはがっぷり四つで臨みます。それがどんな無茶振りでも。

 ギャル風で自己紹介……小学生メイド……国家機密ビーム…‥ウッ 頭が
(ミリオンライブで北沢志保のボイスドラマが公開中です)


■北沢志保は「お・か・ま」■

お 折れない
か 欠けない
ま 曲がらない

語呂先行で言ってしまった感があります。
忘れてください。

さて、彼女の不安と焦りを読みとったとして。
それでも折れない、というところが北沢の強さです。
頑固なだけとも言うかもしれません。

志保は、言い方はついきつくなってしまっていますが、話している内容自体は本心です。心にもないことを弾みで口走っているわけではありません。もしそうなら、空っぽのアリーナであっさり春香さんに同調していたのではないでしょうか。けれど志保は、春香さんの考え方に理解を示して尊重しながらも、自分の考え方は曲げません。なにがしか信念をもつ者の態度です。
春香の正しさは認めた上で、自分が間違っていたとも思っていない。目指したい場所は同じで、ただやり方が違うだけ。だから春香に謝るときは「言葉が過ぎました」。私まちがってました、心にもないことを言ってすみません、そんなことは口が裂けても言わない。それは嘘になってしまいます。不器用ですが真摯です。これが今の志保の精一杯。

それを春香さんはきちんと認めて、うれしそうな顔をします。
あのときの面食らった北沢のツラ、見物ですぜ。
はじめて北沢がかわいいと思いました。癪だ。
北沢は、信念を曲げるつもりはないけれど、そういう自分が好かれるなんて思っていません。信念を貫いた結果、人を深く傷つけることがあるのも知っています(可奈の件とかね)。自分でも自分のことが好きではないでしょう。自己評価が低いのもそのあたりに起因しそうです。自信がないのに頑固、ほんとめんどくさいやつだな。でもちょっと春香さんに似てるよ。
そんな志保だから、春香に好意的に受け入れられて驚いた。ともすればナメてかかっていた天海春香の大きさを知った瞬間です。もしかしたら後で春香さんのCD買っちゃったかもしれません。ぜったい誰にも言わないだろうけど。

ああ、北沢志保はこれから成長するだろうな、と思いました。
春香は志保を認めてくれました。志保が自分を好きになって、自信がもてるようになるきっかけになるといいですね。

可奈との件にも、ちょっと触れてみたいと思います。
これねえ、北沢がただ粋がっているだけの小僧だったら、ここでポッキリ折れていたと思うんですよ。結果的には、ひとりの人間の人生が潰れかかりましたからね。可奈の状態は、そのくらい深刻だったと思います。

可奈は、春香さんとの電話で「友達とカラオケに行って〜」なんて言っています。嘘でしょう。そんなわけない。下手したらあの子、学校に行ってません。14の女の子にとって、「太る」ってそれくらい破壊力あると思います。あのまま放っておいたら、もう部屋から一歩も出られなくなって、人生まるごとダメになっていたかもしれません。ありがとう、春香さん。

「みんなとか、いっしょとか言う前に、まず自分のことを何とかしなさいよ!」

このときの志保の言葉が、ミニライブに失敗した可奈を縛り、動けなくさせてしまいました。自分の問題を自分ひとりで何とかしようとして、どんどん転げ落ちていきました。
可奈が練習に来なくなりはじめたとき、志保はうすうす気付いていたのではないかと思います。もしかして自分の言葉が事態を悪化させたんじゃないかと(※1)。志保に責任はありませんが、原因の一端はあります。そして可奈からの「あきらめる」メール。いやな予感的中。
あのときの志保の表情は、筆舌に尽くしがたいものがあります。いろいろな感情がないまぜになっています。あきらめた可奈への怒り、衝撃、後悔、罪悪感、そして正しいはずの自分が後悔と罪悪感を抱いてしまったことへの怒り。正しさが揺らぎます。志保はそれを攻撃性に変えて吐き出してしまいます。半ばやけっぱち。そういう状態にあったと思います。
もうひとつ、可奈を捕まえた後、橋の上で。志保が傘の柄を強く握りしめるカット。今度の感情はなんというかもう……なんだろう。可奈が見つかってよかった、無事でよかった、なんで私安心してるの、今さら可奈が戻ってきたって、でも謝りたい、いやそれはおかしい、私はまちがったことは言ってない、謝ったらまちがってたことになっちゃう、でも正しいならどうしてこんなことになるの、ああこんなこと考える自分はいやだ、理屈ばっかりこねて、いやだ……そんなところでしょうか。

しかし、ここまで重いものを抱え込んでも、それを一言も口に出しません。それでも自分を曲げません。筋金入りです。たいがいだよ!

直後のアリーナではみんな感情が高ぶっていたのでうやむやになってしまったでしょうが、後日、落ち着いてから可奈にきっちり謝ったはずです。(※2) 志保はそこを逃げる子ではない、というか、うやむやにしたまま可奈と付き合い続けられるほど器用ではありません。潔癖です。「ごめん」を叫んで感情で謝るのではなくて、自分はこういうところが悪かった、反省している、という伝え方をしたのではないかと思います。不器用です。生きづらいです。でも、その後のスクール組のカットを見るに、可奈にはしっかり伝わったのだと思います。

悩める若者に幸あれ。

(おまけ)それでもまたよかれと思うことを
14歳。(自分が思う)正論を吐くことはいつどんなときも正しいと思ってしまうお年頃。自分だけが正しいわけではないことも、正しさがいつも良い結果を招くわけではないことも、まだ知りません。だって、正しいから正論なんでしょ? 正しいこと言って何が悪いの? 正しいこと言うのに何の遠慮が要るの? あったでしょう、そんな頃。ぐっさー(胸を押さえながら)。
信じる正義を貫くタイプのヒーローが必ず当たる壁でもあります。
それでもまたよかれと思うことをするのだ……なんて、何の台詞だったかしら。

※1 後日追記
レッスン室で可奈が来ない理由について話しているシーン。なにか事情があるのかも、と言う春香から志保が目を背ける描写がありました。気付いてますね、志保。

※2 後日訂正
アリーナの時点で、志保が可奈に謝る描写がちゃんとありました(背景扱いで台詞はなし)。失礼いたしました。


■北沢志保の答えは■

北沢志保が天海春香から得たものはなんだろう、というお話です。
劇場版は、春香と志保のダブルヒーローによる継承の物語とみることもできます。
「受け継がれる魂」、某RPGを思い出しますね。



春香と志保。対照的な二人です。価値観というか規格が違いすぎて、春香が示したものを志保がそのまま受け取ることはできません。けれど空っぽのアリーナで、志保も何か大切なものを受けたことだけは感じたから、黙った。「だってこの舞台は、私が想像していたよりずっと重かったから」。想像した重さにおののいて必死にやってきた志保がこう述べる、これは相当なことです。
志保は、伊織に促されながらも、答えを保留しました。まだ春香の示したものを受け止めて消化することができていなかったからです。軽々しく答えなかったのは誠実だと思います。

劇場版の先で、志保が春香の答えを咀嚼したとき、自分の言葉で語ることができるようになるはずです。それを想像してみましょう。

春香が示したものの中で、志保にとって重要なのは「今の全部で」だと思います。
今までに出会ってきたすべての人たちの存在があって、今がある。だから、今この瞬間のすべてを、今の自分たちに出力できる最高のものを実現するためには、誰ひとり欠けてもいけない。
それが春香にとっての全力であり、「今の全部で」。春香は「人」を非常に重視しています。

では志保。「今の全部で」を北沢志保風に翻訳したら、こういう感じでしょうか。

 考えうる最高の条件をととのえた上で、事に臨むべきである
             (S. Kitazwa 2000〜 Japan)

AAはセルフサービスです。
仕事をするにあたってのマインドセット、ですかね。プロスポーツ選手が言いそうです。春香さんらしいニュアンスは全滅していますが、主張の大枠はそう外れていないはずです。

春香の「全力」というのは、舞台に上がったら全力で歌って踊ろうというだけの意味ではありません。それなら可奈がいなくたって「全力」は出せます。
伊織の家のシーンで、言葉の意味が取り沙汰されています。

「私たちだって、全力を出したいです!」
「いや、春香も全力出すなって言ってるんじゃなくて……うう〜」
「そもそも、はるるん自身が全力なお方ですからなあ」

「私たちだって〜」と言った佐竹美奈子は、「全力」を狭い意味で捉えています。舞台の上でダンスの実力をすべて発揮したい、だから演出を変更してほしくない。応じる響と亜美は、春香に近い視野で「全力」を捉えています。一流に共通するマインドセットなのでしょうか。ただ、この二人ではそこをうまく説明できません。ちかたないね。

演出変更ミーティングでの様子を見るに、あの時点の志保も美奈子に近い捉え方をしています(これが登竜門かと期待している候補生たちでは無理からぬところ)。春香の視点はもっと上、個々人の力云々をこえて、この公演を最高のものとするためにはどうするか、というところを向いています。765プロの他のメンバーもそう(特に全体を見ている伊織や真、貴音)。

ラーメンの話をしましょう。
ラーメンは総合芸術です(S. Shijou ????〜 Japan?)。麺、スープ、トッピング、これらの調和が……まあいいや。淡いスープにやたら濃い味のチャーシューがのっていて何だかなあ〜というラーメン、食べたことありませんか。ライブも同じです(強引)。
どんぶり全体の調和を考えずに、私は全力で究極ナルト(なんだそれ)作りたいんで!というのが志保たち。総合性を重視して、矢吹メンマがないならそれも考慮して味を調整しよう、というのが伊織たち。いやメンマだ、断固としてメンマだ!と譲らないのが春香さん。
だから春香はミキのライバルなのかも(適当)。

 考えうる最高の具材を仕込んだ上で、ラーメンをつくるべきである
                (S. Kitazwa 2000〜 Japan)

店名入りの黒Tシャツで頭にタオルを巻いて腕組みしている北沢志保。
例の無愛想なツラもこうして見ればあらステキ。

何の話してたんだっけ。
はじめはいい感じだった気がするのですが、ラーメンが食べたいので、もうこれでいいです。ちなみに中野の中華そば青葉が好きです。もう何年も食べていません。食べたいなあ。

具材が揃わないならそれに合わせて全体を調整する、というのは現実的です。各自が好き勝手に全力トッピングを作るよりはずっと素晴らしい一杯ができるでしょう。けれど、究極の一杯にたどりつける可能性があるのは春香の考え方だけです。甘々だけど、迷いながらだったけれど、春香は本当に究極の一杯を作ってみせました。だから春香はミキのライバル。ホラ、合ってる。

雨の中、みんながメンマを探して走り出すシーン、感動的でしたね。
アイマスってなんだっけ。

閑話休題。志保が春香から学んだのは、最高の舞台をつくりあげるためのマインドセットではないかと思うわけです。そこから志保の反省点を挙げるなら、最高の条件を揃えられる可能性が残っているのに、焦りに負けて、よくよく検討もせずに捨てようとしてしまったこと。それを拾ってみせたのが春香です。
春香自身もまだ「今の全部で」という言葉が含むものにそこまで自覚的ではないでしょう。けれど、近いうちに気付くと思います。春香さん、トップアイドルになるだろうなあ。

北沢志保はまだまだこれからです。
がんばれ、北沢。
お前は最高の一杯を作れる。

(おまけ)ヒーローとヒロイン
今回の可奈はヒーローではなくヒロインですね。
けれど、みんながヒーローでありヒロインでもあるのがアイマス。
ヒロインがヒーローに変わる瞬間があります。
たとえばテレビシリーズから劇場版の千早みたいに。
可奈がヒーローになるときを楽しみにしています。


■番外編 北沢志保はジェロニモ■

もう劇場版とか関係ないです。
個人的に思っているだけです。

北沢を1st Vision的世界観でプロデュースしたいなあと思います。

北沢志保はアイドルに向いていません。
ダンスが苦手。
歌も得意とは言えない。
ビジュアル? 常に無愛想で仏頂面です。
万人を引きつけるようなカリスマだってない。
唯一得手とする演技・芝居は、例のオーディションのシステムでは評価のしようがありません。最高のアイドルを「演じる」という奥の手もありますが、茨の道です。あの四条貴音ですら挫折しました。

北沢志保は常人です。
アイドルとして際立った武器が何もない。
あるのはガッツだけです。

scene6_12.jpg


生まれつきの超人たちに囲まれてあっぷあっぷしています。
ガッツで踏みとどまっています。

だからこの子についてやりたい、この子を育てたいと思うんですよねえ。
春香さんをプロデュースしたいと思った気持ちとちょっと似ています。
ちょっと似ているだけで、違いますけど。
春香も超人じゃないかという話は長いし居酒屋でしか話せないので割愛します。

がんばれ、ジェロニモ。
さて、どう戦ってくれるかの。


■北沢編の終わりに■

また長いですね。反省してまーす。

いかがでしょう、どのくらい北沢が嫌いか、伝わったでしょうか。
そして、どのくらいジェロニモが好きか。

北沢が嫌いになったら、ミリオンライブにレッツ・アクセス。
ジェロニモが好きになったら、キン肉マンを読んでください。

その4、輝きの向こう側編に続く可能性がなきにしもあらず。

Tag : アイドルマスター

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